前回ご紹介した湊三嶋大明神社を参拝したあとは、港山城跡にも登ってみましょう。
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港山城跡・湊山城跡の場所について
「港山城跡・湊山城跡」の登り口は、伊予鉄道高浜線 港山駅から120km
徒歩2分の距離にあります。
三津の渡し(港山)乗船場所から44m
徒歩1分の距離になります。
城名 港山城(湊山城)
住所 愛媛県松山市港山町6-1885
最寄駅 伊予鉄道高浜線 港山駅
駐車場 なし
HP なし
港山城跡・湊山城跡に登ってみた
グーグルマップでは別の登山ルートが表記されますが、こそだて地蔵の横が登山口となりますので、こそだて地蔵を目指して下さい。
こそだて地蔵は大昔「首なし馬の地蔵尊」と呼ばれていたみたい。
そんな呼び名は聞いたことがありませんが、子供の頃に夜ここを通るのは怖かった記憶があります。
登山口には簡易の杖もあります。
登りはじめてすぐに休憩所。
港山造船所の景色はこんな感じ
竹林を登り
石垣跡があって
最後に竹林のカーテンを抜けると
5分程度で城跡に到着。
手軽に
綺麗な忽那諸島の景色を楽しめます。
梅津寺側
関連記事→夏限定!梅津寺「海の家 白倉売店」をご紹介【松山市】高浜の超オススメ店
設置された看板はこんな感じ
天気がよければ周防大島まで見えます。
ただし、夏場は蚊が多いので登る時は、長袖、蚊よけのタオルなどは必須!
港山城跡・湊山城跡について
築城年代は定かではありませんが、建武年間(1334年~1338年)に河野通盛によって築かれたと伝えられている。
河野通盛は、湯築城を居城としていたため、港山城は海辺の防御のために築かれたと考えられています。
場所は三津浜港の北側、港山駅の南西にある標高約50メートルの小山。
城郭は主郭、二の郭、三の郭の三郭から構成されており、主郭からは三津浜港が一望できていました。
河野本家と予州家による内紛では、予州家の河野通春が拠点としていました。
通春が病没すると、河野家の本家から攻め落とされました。
その後、天正13年(1585年)に豊臣秀吉による四国征伐で落城し廃城。
平成28年(2016年)に登山道が整備され、およそ半世紀ぶりに港山城跡に登れるようになりましたが、まだまだマイナーな城跡なのであまり登られる方は少ないです。
お近くに行かれた際には、散歩がてら立ち寄ってみてわ如何でしょうか。
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